2018-12-16 21:08:38
病歴
日記
【わたしの病歴】
●2015年1月15日 入籍(27歳)
●2015年11月21日 結婚式
●2016年2月 妊娠発覚(28歳)
●2016年5月 妊娠16週、下血にて直腸癌発覚。今はまだ初期だろうから、今すぐに子供をおろして手術すれば助かるだろうと言われる。いくつもの病院へセカオピに行く。性別も分かって胎動を始めた元気な赤ちゃんを殺すことなどできず、癌を放置して妊娠継続。
●2016年6月 地元福岡のNICUのある、消化器外科にも経験のある先生がいる病院に転院。
●2016年7月 下血がとまらない為、下半身麻酔にて局所手術。術後ずっとお腹が張っていたが、赤ちゃんは無事。
●1016年10月 妊娠37週。計画出産の為入院。バルーンや陣痛促進剤で計画出産を試みて、微弱陣痛を3日間あじわったのち、旋回異常の難産で地獄の出産を経験し、どうにかこうにか無事に普通分娩にて出産。産後1週間で退院、2週目から薬で母乳を止め、直腸癌手術に向けての検査の日々。産んだけど赤ちゃんとは生き別れ状態。
●2016年12月13日(29歳) 腹腔鏡にて直腸癌手術。一時ストーマ造設。手術当日、麻酔から覚めて大量に嘔吐。その後激痛をあじわいながら朝まで大量に吐き続ける(麻酔の影響と思われる)。術中、気管に管を長時間入れられていたせいか、痰も止まらずオエーーオエーーと悪魔のような声を4日間あげ続ける(院内耳鼻咽喉科の診察を受けるも、とくに問題はなし)。術後3日後からイレウス発症。その後絶飲食の日々。ストーマ入り口が詰まっているようで、術後約1ヶ月間、夜も眠れない地獄のイレウス痛をあじわう。イレウス管も地獄。毎日看護師さんや先生達にツライツライと訴え続ける。
●2017年1月12日 ストーマ閉鎖手術。環状縫合にて閉鎖した為、術後も体に直径10センチ程の穴があいた状態。その生傷に膿みや汚れがたまらないよう、針のようなものでガシガシ削られる拷問を約1ヶ月うけ続ける。(毎日処置室に呼ばれる度に、恐怖で身体が震え涙が溢れ、暴れて制御不能)閉鎖したはいいが、その後地獄の排便障害が始まる。お尻荒れまくって直腸も激痛。夜も眠れない日々。
●2017年2月末 やっとストーマ閉鎖の傷口がほとんど閉じる。(右下腹部に大きなケロイド状の傷口が残る)排便障害はまだ続いている。病理検査の結果、リンパ3つ転移のステージ3a、抗がん剤はした方がいいとの事で、抗がん剤(オキサリプラチン)を実施。副作用で腸閉塞を発症。その後抗がん剤を変えては腸閉塞になり、また変えては腸閉塞になり入退院を幾度となく繰り返す。結果、抗がん剤はもうできないと言われ、治療を断念する。経過観察に入る。
●2017年5月 一時的に主人のいる静岡に戻る。(排便障害は継続)
●2017年6月 まさかの妊娠発覚(まだ産後の生理も来ていない)とりあえずまた地元福岡に戻る。
●2017年6月末 妊娠超初期。原因不明の虚血性腸炎にかかる。医師からは、妊娠しているせいでろくに検査もできないと怒られる。看護師さんからも術後半年で、妊娠出産は難しいだろうと言われる。家族からも説得される。
●2017年7月初旬 号泣しながら中絶手術をうける。
●2017年8月 正式に静岡に戻って転院。静岡での生活が始まる。(3ヶ月に一度の計画観察、排便障害はまだまだ変わらず継続中)
●2017年11月(30歳) 静岡で仕事を始める。まだ排便障害は継続していてツライ激痛の日々だったが、子育て、家事、仕事を両立させて騙し騙しやっていた。眠らずに仕事に行くこともあった。(会社には病気のことは伝えていない)
●2018年3月 子供の保育園決定。
●2018年4月 血便。何かおかしいとうすうす気づき始める。
●2018年5月 経過観察にてCEAが6.4に。PET検査を実施。腹膜転移が発覚。その後静岡がんセンターと大阪岸和田徳洲会腹膜播種センターにセカオピ。静岡がんセンターに転院。
●2018年6月 静岡がんセンターで開腹手術(骨盤内全摘)を試みるも、開腹してみて腹膜播種がひどすぎて上の方までいっており、永久ストーマ造設だけしてそのままお腹を閉じられる。
●2018年7月 友人も身内も誰もいない静岡で治療していくことに限界を感じ、1歳の息子を連れて地元福岡に戻る。福岡で保育園決定。自分は九州がんセンターに転院。エンドレス抗がん剤治療スタート。(5FU +オキサリプラチン+アバスチン)7月はほとんど入院していた。
●2018年9月 病気が原因による旦那とうちの母との言い争いが勃発。旦那はもう二度と福岡に来ないと言い放って静岡に戻る。
●2018年9月末 旦那のいる静岡に、子供を連れて戻ることになる。静岡県立総合病院に転院。医師や看護師とバトル!医師と看護師の心無い言動に主人も私もキレて静岡がんセンターに転院決定。
●2018年10月 もとの静岡の保育園に戻れることに決定。
●2018年11月(31歳) 静岡がんセンターにて治療開始。※痺れがひどい為、オキサリプラチン抜きの5FU +アバスチンの治療に変更。
●2018年12月 静岡がんセンターで鬱病と診断を受ける。腫瘍心療内科と消化器内科にかかる。心が限界にきて実母に静岡にヘルプに来てもらうが、再び旦那と実母の怒鳴り合い言い争いが勃発。実母も旦那もノイローゼ鬱状態に。もうこれ以上、実母と旦那は一緒に住めないと思い、実母と自分と子供で静岡から福岡に戻る(どうせ年末年始にさしかかるし)。すると大阪の義母から、「何故こんな残酷なことができるのかはかりかねる」などと、私宛に嫌がらせのLINEがとんでくるようになる。鬱が悪化。
と、こんな感じの病歴になります。自分の病気のせいで家族までぐちゃぐちゃになり、もうどうしていいのわかりません。
ありがとう!をしている会員
ysk
すごい病歴ですね...
僕も今は静岡がんセンターの緩和ケア病棟に住んでいます。少しでも落ち着いた生活になられる事を祈ります。
2018-12-17 16:25:53
ゆー
yskさん
返信が遅くなってしまい申し訳ありません。私がコメントに気づくのが遅く、この返信がもう届かないことも知っています。当時同じ病院に通いながら、何故yskさんに何もできなかったんだろうと、ずっと後悔をしています。苦しい状況の中、お優しいコメントをくださったこと、ずっと忘れません。私は静がんの素晴らしさを、医療レベルの高さを凄く良く分かっています。あんなに安心してお任せできる病院は他にはないと思っています。yskさんのキツさや辛さを、きっと最大限に取り除いて、きっとどこの病院よりも穏やかに過ごせたに違いありません。私がそちらに行きましたら、改めて御礼を言わせて下さい。ありがとうございました!
2019-07-16 09:07:29
やまめママ
書いてくださって、ありがとうございます。yukiさんの味わわれたご心労と苦痛、とても想像がつきません。。こうして吐き出して下さった日記に、反応することしかできなくて、ごめんなさい。
生後間もない息子さんと離れての手術や治療、第二子のお子さんの事…たくさんたくさん頑張ってきたんですね。
どうか、少しでも息がつける瞬間がありますように。
2018-12-17 20:45:37
ゆー
やまめママさん
コメントありがとうございます。返信が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。ツラくてツラくて誰かに話したくて、でも周りの同世代は、元気でみんなキラキラしていて、SNSでリア充アピールしてるような子ばかりなので…今の自分の状況を話すのを私が躊躇してしまって。こんな病歴や家庭内のごたごたをここに書き残して、みなさんを嫌な気持ちにさせてしまっていたらごめんなさい。お優しいお言葉をありがとうございました(;_;)
2019-07-16 09:46:19
まゆみ
初めまして
これだけのことに耐えられてきたこと、
ただただ頭が下がります
頑張りすぎて頑張りすぎて
本当に頑張りすぎて
大変でしたよね…
癌患者を側で見守る立場として思うことは、
支える側の心にもいろんな負担がかかる
でもそれを患者本人には言えない
誰にでも分かってもらえるわけではないので、誰にも相談できない
だから、ご主人やお母様はその思いを
同じ境遇の者として
ぶつけ合ってしまうのかなと思います
yukiさんへの思いがあるからこそ
でもyukiさんとしては辛いですよね…
心の平穏のために
どなたも(ご主人もお母様も)気持ちを吐き出せる場所を
持つことかなと思います
いろんな機関を利用されるとか
余計なことでごめんなさい
こんなに耐えて頑張ってきたんだから
自分へのご褒美を何よりたくさんにして
いいと思います
気持ちのいいこと
落ち着くこと
ワクワクすること
いっぱいできるといいですね
2018-12-27 06:18:48
ゆー
まゆみさん
コメントありがとうございます。返信が凄く遅くなってしまい、大変申し訳ありません。それぞれ、思っていることや悩みを吐き出せる場所…本当にそういう場所が必要ですね。みんなみんな友人や身内にまで病気のことを隠し通して、自分の中だけで抱え込みすぎてしまったのだと思います。
心療内科や心理士さんやサポートしてくださる方、いろんな方に頼って助けを求めて、やっとここまで来ました。1日1日を精一杯生きています。心は常に極限状態なので、爆発することも多々ありますが、どうにかこうにかやっています。家族や周りの人には、迷惑をかけてごめんではなく、ありがとうと言うようにしました。
2019-07-16 09:54:15
Nakama
ゆーさん、心身共に大変な思いをなされて物凄く大変だと思います。私は、鬱病発症、治療中に直腸癌が発覚、肝臓への転移も見つかりました。私は沖縄出身で沖縄在住、妻は兵庫出身のため義父母は兵庫です。頼れるのは私の母だけでした。ゆーさんの体の事や心の事を考えと私よりずっと大変な思いをなされており心が痛みます。とにかく頼れる人、物なんでも利用してください。そして吐き出したい気持ちはここで思いっきり吐き出してください。私たちはみんなあなたの味方です。
2019-07-21 20:21:15