2020-03-19 12:42:17
告知から丸3年を迎え〜告知時の様子〜
日記
※私の告知時の様子を詳細に記述します。
不快な思いをされる方もいらっしゃると思います。ご容赦ください。
3年前、朝8:30に大学病院予約機に診療カードを挿入し
出てきた予約票に、知らされていない耳鼻科とCTの予約が入っていて
自身が大病に侵されていることを確信した。
これまでの症状からネットの情報で自身を診断した結果
「舌ガン」以外の病名はなかったので
ある程度覚悟はあったものの
なんかの間違いで良性腫瘍の診断が下ることを
僅かながらも祈っていたため
その希望を大学病院の入り口ですでに打ち砕かれ
口腔科のフロアまでどうあがっていったか覚えていない。
口腔科では普段比較的広めの1部屋で4人ほどが同時に診察や検診を受けているが
呼ばれて入ると生検を担当した私とほぼ同年齢の女医だけという状況だった。
それでも診察椅子に座り生検時縫合の抜糸をし、
あっさりとこう告げられる。
「残念ながら悪性でした」
まず最初に思ったのは
現代のガン告知は本人に隠したり
家族が呼ばれたりするわけでもなく
ここまであっさりと言うもんなのか。
12年前、ステージ4の膵臓がんだった祖父には
膵臓がんであることは告げたものの、
ステージ4であることは医師と家族により隠し通したものだ。
すぐにパソコンのカルテ画面に目をやると
ツラツラと専門用語が並ぶ中最後の一文に
「扁平上皮癌と認める」
と憎たらしい明朝体で記述されていた。
次に頭に浮かんだのはガン=死
大した知識を持ち合わせてない当時の私はこのイメージが浮かんだ。
・あぁ息子の成長がみれない
・緩和ケア段階では家族に迷惑かけるなぁ
など、今後の生活に思いを巡らせているうちに
医師が続ける。
「幸い、比較的初期段階と思われます、しっかり治療して完治させましょう」
この言葉を半信半疑で受け止めながら
次の耳鼻科の診察に案内された。
耳鼻科でも同年代の女医さん。
※失礼ながら全くの偏見で総合病院の医師は男性社会と思っていた。
耳鼻科では仕事の予定など全く聞かれず
あれよあれよと3週間後の手術と
それまでの検査日程が決められていく
「この部位はとにかく急いだほうがよい」
20代でガン患者という稀有な部類に入る肩書を得た私を憂うことなく
人間味溢れながらも事務的にことは流れていった。
2017-3-23ガン告知を受け
2017-4-12手術を受ける
2017-4-18当時での舌ガンステージⅠ
※現在の診断方法では舌ガンステージⅡ
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実は大学病院の診察を受けるのも偶然に偶然が重なったもので、そのあたりの様子も書いてみたいです。
このあと2度の転移疑惑と1度の手術を受け、
今月丸3年のPET検診を異常なしで通過しました。
完治まであと2年。
誤解を招きそうな言い方ですが
執行猶予中のように、謙虚に節制して、
生きていきたいと思います。
感謝。
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