キャンサーペアレンツとは
こどもをもつがん患者の方が、同じ境遇の方を探してつながり、仲間になることができるコミュニティサイトです。
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新着日記
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かあ (47)
鳥取県 / 乳がん / ステージ3
回想
オペ日まで精神的に限界だった。がんにおかされるより、がんという事実に押しつぶされれる恐怖が身体を襲っていた。家族に子どもたちにこの歳でがんに罹患したことで苦労をかけると思い申し訳なかった。 ぐるぐる思考が始まると、かき消すように「ありらがとう あいしてる しあわせ」と念仏のように唱えていた。マイナスな脳内をプラスの音声でかきけした。主人からは不気味だから唱えるのをやめてほしいと言われた。 オペ前日、当日もそうだった。子どもの写真をベッドの柵に貼り付けてオペ後に見えるようにしていた。 オペ直前、オペに関わる方が一人づつご挨拶をしてくださった。ありがたかった。私にはオペに携わる仕事はできない。 では麻酔を入れますねと言われたが、少し待っていただいた。 左胸を掴み 「私のしんどさを受け止めてくれてありがとう。気づくのが遅くなってごめんな。今までありがとう」とつぶやいた。左胸に感謝と別れの時間をいただいた。 主治医は私のがんと左胸、リンパ節をきれいにオペをしてくれた。 オペ後、目が覚めドレーンを確認した。2つついていたことで脇の転移があったことを悟った。
2026年07月18日4
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いも。 (58)
徳島県 / 卵巣がん / ステージ2
父のこと
父、90歳。実家一人暮らし。来週91歳になる。 2年前、膀胱&尿管がんの腹腔鏡手術。 去年、再発して腹腔鏡手術。 今年、大腸炎。切除した大腸ポリープにがん細胞 切除した鼻ポリープにがん細胞。 尿検査からがん細胞。 CTでは見当たらない。 体の中にがんはいるんだけど…どこに? さらなる検査はしないことにしました。 高齢で夏を乗り切る体力すら不安がある中で検査で体力奪いたくない。 高齢になると体力回復は望めない。 少しずつ階段を下るように落ちていく。 いきることに支障がでるようなら考える。 定期検査は続くけれど生活第一、体力第一。 近所の肉ラーメンをうまい!すする日が続きますように🎵
2026年07月18日2
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かあ (47)
鳥取県 / 乳がん / ステージ3
愛され方
がんになって気がついたこと。 私の愛され方のクセ。 生まれた時から身体が弱かったらしい。免疫力が弱く白血球数値が低くすぐ感染症になり入退院を繰り返していたと親がよく言っていた。 病気やケガをすると人は優しくなることを身体が反射的に獲得していたような気がする。 確かに人よりよく感染症になっていた。成人になっても、なんで私ばかりが病を呼び込むのかというくらい妊娠のたびにトラブルも多かった。 父親には、「自分たちの身体の悪い遺伝が全部行ったなあ。」と不調のたびに気遣ってくれた。 もしかして私、病気になったほうが親が私を見てくれる。惹きつけることができるって無意識レベルで思ってないか? 私の身体と無意識の魂に言いたい。 オペとがん治療でだいぶエネルギーを削られている。もう病気で愛を引きつけなくても 私は十分人から愛され、愛することができるから。 元気になっても愛は感じられる。 だから安心して寛解を目指して治療してね。安心してがんという病を手放していい。大丈夫だよ。病気で惹きつけなくても。 じゃないとそろそろ体力がやばい。 今日も放射線照射。そろそろ20回くらいかな? この感覚はがんにならないと気づけれなかった。
2026年07月17日7
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かあ (47)
鳥取県 / 乳がん / ステージ3
童謡 虹の歌
4歳の娘はお歌が大好き。 お迎えの車内や近所を散歩する時に歌う娘。 可愛い声で歌ってくれる。 この子の笑顔を守りたい。 ランドセルを背負う日、学生服を着る日、笑顔で横にいてやりたい。 私を母として選んでくれたのに、リンパ節郭清してるから抱っこもできない。 おんぶしてる背中から聞こえる虹の歌。 いろんな感情が溢れて静かに泣く。 「お母さんどうして泣いてるの?」 といい、優しく涙をふいてくれる。 「どうして泣くんだろうね〜」とごまかす。 娘にはお母さんはおっぱいをとる病気までしかいっていない。 何歳になったら病名をいうか日々悩む。
2026年07月16日1
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かあ (47)
鳥取県 / 乳がん / ステージ3
不登校発達障がい児と歩む
フリースクール登校で学校にあまり行けない息子。仕方ない。彼の脳特性は小学校は合わない。好きなことはとことん。自分中心のASD。衝動性高いADHD 息子には「たまたま同じ地域に同じ年に生まれた人でクラスができてるだけだから。20歳になれば小学校のときの友だちとは遊ばない。中学生まではがまんしなさい。20歳くらいになれば自分と同じ興味の人と仲良くできる」と話している。 フリースクールでは勉強時間があまりない。 母子で日々勉強する。 抗がん剤と放射線治療で頭クラクラ。倦怠感。 間違えた苛立ちやドリルが見つからない苛立ちを母にぶつける。 まあ、息子に言わせば母が勝手にがんになったんだろう。 あの日を思い出す。生検の跡の胸のアザを見て「母ちゃんがんか?がんなら一緒に死のうな。」と言われた。 初診で95%がんとすでに言われた。息子に「がんじゃないから安心して」と言えない現実が無情で台所で声をひしゃげ号泣した。 息子の心の安全基地の私。一番の理解者だった私。 息子に真実を言うまで、息子の心が壊れないか心配だった。 何度、あと10年後だったら、と泣いたか。 最近は 「母ちゃん、お風呂でスマホ見るとステージ3が4になるよ」という息子。 母子で病をメタ認知は少しできつつある。
2026年07月16日4
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35歳でのがん告知、最後の仕事
闘病中に感じた孤独感
2015年2月、35歳のときに「ステージ4のがん」の告知を受けました。頭が真っ白になり、何も考えることができませんでした。家族や友人、職場の同僚などの支えで日常生活に戻ったものの、大きな孤独感を抱えながら、手探りの日々でした。
同世代のがん体験者が周囲にいなかった。相談できる人がいなかった。しかし、小さなお子さんを持つがん患者が毎年約6万人(2015年国立がん研究センター調べ)増え続けている事実を目の当たりにし、「孤独を感じながら闘病しているのは、自分だけではないはず」と、子どもをもつがん患者でつながれる「キャンサーペアレンツ」を2016年4月に立ち上げました。
現在も、週に一度の通院による抗がん剤治療を続けながら、会社ではたらきながら、キャンサーペアレンツの活動を平行して進めています。いつどうなるかわからない状況の中、最後の仕事と位置づけて取り組んでいます。
キャンサーペアレンツ起案者
西口洋平(ぐっち) 2016年4月