キャンサーペアレンツとは
こどもをもつがん患者の方が、同じ境遇の方を探してつながり、仲間になることができるコミュニティサイトです。
登録すると、日記を書き残したり、同じ境遇の方とつながることができます。
※すべて無料でご利用いただけます。
新着日記
-
かあ (47)
鳥取県 / 乳がん / ステージ3
日常
発達特性で集中力がきれやすい息子と勉強をする ク○○バアと言われながら笑 来年も再来年も、この子や娘が宿題を出されなくなる年齢まで一緒にいてやりたいと 今している治療が報われますように そして、がん治療をしている家族、医療従事者の方が報われたり、笑顔になれる瞬間が少しでも増えてほしいと願う夏
2026年07月20日4
-
絵本「ガンがいてもだいじょうぶ」 著者 まぼちん (45)
北海道 / 大腸がん / ステージ4
免疫力とガンが綱引き
5月 脳転移 右側顔半分が痙攣し 右半身に広がり急に止まる 検査の結果 9ミリの腫瘍 放射線治療 7月 肝臓再発 1センチの腫瘍 第三次治療に移行 ロンサーフとアバスチンに切り替わる ある人から教えてもらった 「血が健康だと 体の中に悪いものがある時 すぐに反応して排除しようとする」 日々の暮らしも食事も すべて変えてから 私の血はちょっとの異変も見逃さない 免疫力と薬がガンと戦ってる 綱引きしてるみたいに 一気に勝つ特効薬が 早く出てこないかな まだ45歳 しぶとく生きるよ
2026年07月20日6
-
かあ (47)
鳥取県 / 乳がん / ステージ3
回想
オペ日まで精神的に限界だった。がんにおかされるより、がんという事実に押しつぶされれる恐怖が身体を襲っていた。家族に子どもたちにこの歳でがんに罹患したことで苦労をかけると思い申し訳なかった。 ぐるぐる思考が始まると、かき消すように「ありらがとう あいしてる しあわせ」と念仏のように唱えていた。マイナスな脳内をプラスの音声でかきけした。主人からは不気味だから唱えるのをやめてほしいと言われた。 オペ前日、当日もそうだった。子どもの写真をベッドの柵に貼り付けてオペ後に見えるようにしていた。 オペ直前、オペに関わる方が一人づつご挨拶をしてくださった。ありがたかった。私にはオペに携わる仕事はできない。 では麻酔を入れますねと言われたが、少し待っていただいた。 左胸を掴み 「私のしんどさを受け止めてくれてありがとう。気づくのが遅くなってごめんな。今までありがとう」とつぶやいた。左胸に感謝と別れの時間をいただいた。 主治医は私のがんと左胸、リンパ節をきれいにオペをしてくれた。 オペ後、目が覚めドレーンを確認した。2つついていたことで脇の転移があったことを悟った。
2026年07月18日12
-
いも。 (59)
徳島県 / 卵巣がん / ステージ2
父のこと
父、90歳。実家一人暮らし。来週91歳になる。 2年前、膀胱&尿管がんの腹腔鏡手術。 去年、再発して腹腔鏡手術。 今年、大腸炎。切除した大腸ポリープにがん細胞 切除した鼻ポリープにがん細胞。 尿検査からがん細胞。 CTでは見当たらない。 体の中にがんはいるんだけど…どこに? さらなる検査はしないことにしました。 高齢で夏を乗り切る体力すら不安がある中で検査で体力奪いたくない。 高齢になると体力回復は望めない。 少しずつ階段を下るように落ちていく。 いきることに支障がでるようなら考える。 定期検査は続くけれど生活第一、体力第一。 近所の肉ラーメンをうまい!すする日が続きますように🎵
2026年07月18日2
16
公開制限のない情報のみ表示しています。会員登録すると会員限定公開の情報もご覧いただけます。
35歳でのがん告知、最後の仕事
闘病中に感じた孤独感
2015年2月、35歳のときに「ステージ4のがん」の告知を受けました。頭が真っ白になり、何も考えることができませんでした。家族や友人、職場の同僚などの支えで日常生活に戻ったものの、大きな孤独感を抱えながら、手探りの日々でした。
同世代のがん体験者が周囲にいなかった。相談できる人がいなかった。しかし、小さなお子さんを持つがん患者が毎年約6万人(2015年国立がん研究センター調べ)増え続けている事実を目の当たりにし、「孤独を感じながら闘病しているのは、自分だけではないはず」と、子どもをもつがん患者でつながれる「キャンサーペアレンツ」を2016年4月に立ち上げました。
現在も、週に一度の通院による抗がん剤治療を続けながら、会社ではたらきながら、キャンサーペアレンツの活動を平行して進めています。いつどうなるかわからない状況の中、最後の仕事と位置づけて取り組んでいます。
キャンサーペアレンツ起案者
西口洋平(ぐっち) 2016年4月