キャンサーペアレンツとは
こどもをもつがん患者の方が、同じ境遇の方を探してつながり、仲間になることができるコミュニティサイトです。
登録すると、日記を書き残したり、同じ境遇の方とつながることができます。
※すべて無料でご利用いただけます。
新着日記
-
かあ (47)
鳥取県 / 乳がん / ステージ3
童謡 虹の歌
4歳の娘はお歌が大好き。 お迎えの車内や近所を散歩する時に歌う娘。 可愛い声で歌ってくれる。 この子の笑顔を守りたい。 ランドセルを背負う日、学生服を着る日、笑顔で横にいてやりたい。 私を母として選んでくれたのに、リンパ節郭清してるから抱っこもできない。 おんぶしてる背中から聞こえる虹の歌。 いろんな感情が溢れて静かに泣く。 「お母さんどうして泣いてるの?」 といい、優しく涙をふいてくれる。 「どうして泣くんだろうね〜」とごまかす。 娘にはお母さんはおっぱいをとる病気までしかいっていない。 何歳になったら病名をいうか日々悩む。
2026年07月16日2
-
かあ (47)
鳥取県 / 乳がん / ステージ3
不登校発達障がい児と歩む
フリースクール登校で学校にあまり行けない息子。仕方ない。彼の脳特性は小学校は合わない。好きなことはとことん。自分中心のASD。衝動性高いADHD 息子には「たまたま同じ地域に同じ年に生まれた人でクラスができてるだけだから。20歳になれば小学校のときの友だちとは遊ばない。中学生まではがまんしなさい。20歳くらいになれば自分と同じ興味の人と仲良くできる」と話している。 フリースクールでは勉強時間があまりない。 母子で日々勉強する。 抗がん剤と放射線治療で頭クラクラ。倦怠感。 間違えた苛立ちやドリルが見つからない苛立ちを母にぶつける。 まあ、息子に言わせば母が勝手にがんになったんだろう。 あの日を思い出す。生検の跡の胸のアザを見て「母ちゃんがんか?がんなら一緒に死のうな。」と言われた。 初診で95%がんとすでに言われた。息子に「がんじゃないから安心して」と言えない現実が無情で台所で声をひしゃげ号泣した。 息子の心の安全基地の私。一番の理解者だった私。 息子に真実を言うまで、息子の心が壊れないか心配だった。 何度、あと10年後だったら、と泣いたか。 最近は 「母ちゃん、お風呂でスマホ見るとステージ3が4になるよ」という息子。 母子で病をメタ認知は少しできつつある。
2026年07月16日4
1
-
りょう (48)
埼玉県 / 卵巣がん / ステージ3
維持療法
卵巣がんDC+アバスチン6クール終了しましたが アバスチンあと17回と 内服のリムパーザ開始しました 2年は我慢と思うのですが、治療費が心配で… もし同じ治療されてる方、された方いらっしゃったら、お話聞きたいです 今年は子供が受験生で、不安だらけです!
2026年07月10日1
17
-
いと (61)
沖縄県 / 大腸がん / ステージ4
食事の連立方程式
抗がん剤治療が始まって5日目。 だんだん副作用が出てきた。 味変に、食欲不振にムカつき… 腸を切除しているので腸閉塞にならないように食材には制約があるが、これと抗がん剤治療中の望ましい食事との連立がムズい。 術後の体重を早く戻したいので高カロリー高タンパク質の食事にしたいのだが、腸閉塞予防の為腹8分目で消化の良い食事だとどうしてもカロリーが足りない。間食して補っているが足りない。 抗がん剤でやせてしまうのは絶対に避けたいのでシュークリームを食べたら回腸を取っているので脂肪分を消化できずにお腹をこわす。ステーキを食べると腸の繋いだあたりがキリキリ痛む。抵抗力も落ちるので刺身や生卵などのナマモノも避けるべきらしい… そうしているうちに徐々にムカつきや吐気、味変も拡大してきた。 何を食べたらいいのだ どーする?
2026年07月06日1
17
-
手のりインドぞう (57)
鳥取県 / 肺がん / ステージ4
9年目
肺がんステージ4と告知されて9年になりました! 告知前と違うことは、体重が増えたこと 大好きな果物を美味しく食べることができなくなったこと… マイナスなことばかりではなく、つながりで仲間が増え 出会いが増え 経験することも増えた! 東京 大阪の感謝のつどい参加して 多くの人と出会い 話すことができました🎵 つながりに感謝🤗 仕事は、6月から6年ぶりに病棟での勤務になりました! 引き継ぎなどで、バタバタ 病棟に戻ったので、色々な方と出会います。 その人がその人らしく生きる! それを支える専門家として がんばろうと 思ってます❗️ 毎月 発行している あさがお通信ですが、担当してくれていた人が、退職してしまいました。そのため、毎月発行が難しくなりました。発行をやめませんが、毎月の発行ではなくなります。 なので、しばらくお待ちください♪ 完成したら お知らせします📢
2026年06月29日4
23
公開制限のない情報のみ表示しています。会員登録すると会員限定公開の情報もご覧いただけます。
35歳でのがん告知、最後の仕事
闘病中に感じた孤独感
2015年2月、35歳のときに「ステージ4のがん」の告知を受けました。頭が真っ白になり、何も考えることができませんでした。家族や友人、職場の同僚などの支えで日常生活に戻ったものの、大きな孤独感を抱えながら、手探りの日々でした。
同世代のがん体験者が周囲にいなかった。相談できる人がいなかった。しかし、小さなお子さんを持つがん患者が毎年約6万人(2015年国立がん研究センター調べ)増え続けている事実を目の当たりにし、「孤独を感じながら闘病しているのは、自分だけではないはず」と、子どもをもつがん患者でつながれる「キャンサーペアレンツ」を2016年4月に立ち上げました。
現在も、週に一度の通院による抗がん剤治療を続けながら、会社ではたらきながら、キャンサーペアレンツの活動を平行して進めています。いつどうなるかわからない状況の中、最後の仕事と位置づけて取り組んでいます。
キャンサーペアレンツ起案者
西口洋平(ぐっち) 2016年4月