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ナムさん(次男)(63)
千葉県 / 膵臓がん / ステージ4日記
4月から
ご存知の方も多いと思いますが、「ガンとわかったら読む本」の中にアファメーションの勧めというのがあります。前から気にはなってたのですが、やっと、本の通りに書き出して朝晩、声に出してみることにしました。 諦めの気持ちから少し抜け出せたのだと思います。 そして、次男が毎月の予定表を作ってくれました。右上に目標、左上に結果、毎日出来たこと、出来なかったこと等書いていくとのこと。スクワットや散歩が出来たのか、簡単なことを書いていいんだよと言って渡されました。親が夏休みとかに子供に渡したりする感じですかね(笑) 2枚を並べて貼り出して今日からトライしてみます。息子に感謝です。 ありがとう。
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しゃけとら(37)
東京都 / 舌がん / ステージ1日記
術後のキヲク②
・首リンパのドレーン ・高熱 ・痰 術後数日、容赦なく体力と精神力を削っていった敵はこの3つだ。 ======= 手術後初めての夜を迎える前 18時に離床を迎えた。 少し高めのベッドから降り、 点滴スタンドをつかみ難なく立ち上がる。 その足でトイレに行くことにした。 排尿時には変わらず激痛が走った。 排尿後手を洗う。 手を洗いながら鏡を見た。 左顎は手術の影響でパンパンに腫れ上がり 顔や首には所々いつ付いたのかわからない血の跡。 口を開けて見てみると、舌はおよそ左半分なくなっており切り口には エメラルドグリーンのシートが付けられている。 目にはクマ、無精髭が生え始めている。 フライドチキン屋さんの店頭に立っている白髪メガネの老人の人形の方がよっぽど人間らしい顔をしていた。 不幸中の幸いか、舌ったらずな部分はあるが、 手術直後でも会話は意思疎通に支障は来してない。 その後は寝ながらでも簡単に見れるよう、天井近くに備え付けられたテレビを見ることなく、 淡々と眠り続けた。 2〜3時間ごと目を覚ましながら。 常に10本近くの管を身体につけられた状態と 滝のように流れてくる汗では なかなか熟睡もできない。 そして目が覚めるごとに嫁が自転車で15分の自宅へ、伯母が静岡へと帰路に着く。 ただ、母だけは朝まで付き添ってくれた。 20代も終わりの年だったが正直母が付き添ってくれたのは嫁よりも心強かった。 それは母が看護師として普段働いていたことも理由の一つなのかもしれない。 ======= 朝になり、テレビをつけてみた。 ワイドショーは米朝の関係悪化、千葉のPTA会長の女児殺害のニュースを大々的にとりあげている。 社会は私がいなくても、仮に私がいなくなっても動き続けている。 なんだか世間から取り残された気がした。 でも戻りたいとは思えない。 痰、高熱、不眠。 ガンは最後の抵抗とばかりに、私に容赦ない置き土産を残していったから、気力はもう残っていない。 昼ごろ、一般病棟への転床の時間。 ナースに押してもらう車椅子で病棟間を移動する際に2日ぶりに外の空気を吸った。 春の日差しは暖かくそれでいて、 自分のテンションとは正反対。 ただ、ただ気候が憎たらしい。 ナースは移動中、気を使い天気などたわいのない話を振ってくれたが、私は答える元気がなく、 終始無言だった。 今考えるととても悪いことをした。 病棟は大部屋だった。 着いてから少し眠る。 そして15時頃目を覚ます。 精神的に追い詰められていた私は、 他の3人が立てる物音が気に食わなかった。 もちろん、他の患者さんに面と向かって指摘したりはしないが、 気が立っていたことは確かだ。 キツネにでもとりつかれたような顔をしていたのだろう、 母が師長さんと交渉し、無料の個室へと移してくれた。 どのような交渉をしたのかはわからない、 個室へ移ると幾分気持ちが和らいだ。 大部屋から個室へと移るベッドの上で 病気になってから2度目の涙を流した。 声を上げて泣いたはずだ。 これ以降は病気関係では泣いていない。 2cmにも満たないガン細胞に、 ズタズタに心を引き裂かれ、 周りに気を遣わせ面倒かけている自分が 情けなくて仕方がない。 そして悔しい。 1度目の涙は告知を受けた週の週末。 日が暮れ始めた頃鏡で患部を確認していた姿を 嫁が見つけて大泣きしたから、 もらい泣きしてしまった。 告知直後も病院から家に帰ると嫁は泣いていたが、 その時は私は涙が出なかった。 それより先の対応を考えなければならなかった。 報告する人、範囲、休みの手配など。 悲しい感情ではなくやるべきことを列挙していた。 その日は午前休ではあったもののそのまま普段と変わらず仕事に行った。 18時頃になると母も静岡へと帰っていった。 こうして術後初めて1人になった私は、 個室でただただ、テレビを眺めながら時間をつぶす。見てはいない、眺めていた。 記憶力には自信のある私だが、 この時なんの番組を見ていたかは覚えていない。 消灯後、回ってきたナースが、電気もついていない病室のソファーで自失茫然の状態で1点を見つめていた私にこう提案する。 「睡眠導入剤打ちましょう」 体は疲れている、頭も眠りたい。 ただ、気が立ち、自律神経が過敏に活性化していたため、 全く眠れなかったことに、やっと気づいた。
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akooka(35)
茨城県 / 悪性骨腫瘍(骨肉腫、軟骨肉腫、ユーイング肉腫など) / 寛解日記
入院106日目、手術当日の状況
こんばんは。 入院106日目となりました。 3/24(火)に右脚切断+大腿部再建手術を実施してから早7日目となりました。 手術当日はもちろんご飯抜き水抜きの状態で、手術着に着替えて、 指輪を外し、お部屋をキレイに片付けてもらって、8:50くらいに部屋を出ました。 車椅子やストレッチャーで手術室に向かう事も選択肢としてはありましたが、 自分の右脚を使って歩くのが最後になるため松葉杖で歩いて向かいました (と言っても右脚には5kgくらいしか体重かけられないんですが)。 部屋を出ると、看護師さん達から沢山の声援を頂きました。 とても勇気が出ました。 ありがたいですね。 手術室の受付で名前と生年月日を応え、 ここで両親及び付き添いの病棟看護師さんとお別れし、 手術部の看護師さんと手術室に向かいました。 部屋までは約30mくらいあったように思います。 手術室は11部屋もあるそうで、やっぱ病院大きいなぁと思いました。 手術室に着いて手術台に上がると、看護師さんがテキパキと私に色々くっ付けてきました。 点滴用の針を入れる血管がやはり見つからなかったため、 左手の甲に挿す事に。。。 ひいいぃぃぃぃぃぃ。 しかも入れすぎぃぃぃ、針長いよぉぉぉぉぉぉ。 入っちゃえば痛み無いんですがね、やっぱり手の甲はあかん。 そして睡眠剤を入れられあっと言う間に意識を失ったのでした。 当日の状況はこんな感じだったと思います。 手術を受けた事がある方は概ねこんな感じかと。 そういえば昨夜、脚の痺れとそれによるストレスがピークに達して、 少々ベッド上でジタバタしてしまいました。 もう6日間ずっと痺れていた訳ですからそりゃストレス溜まりますよね。 その結果、お薬が追加となってしまいました。 サインバルタというなんかカッコイイ名前のお薬です。 痺れを軽減してくれるそう。 これで今夜は安眠できると良いなぁ。 今日のリハビリでは松葉杖で歩く事ができました。 右脚が軽くなった分、バランスをとるのが難しくなったような、 軽くなった分動き易くなったような感じがして、 割とすいすい動けたんじゃないかなと思います。 仮仮義足は右脚の骨がくっ付いてからのため、3ヶ月後になる予定です。 それまでは義足無しで松葉杖生活のため問題なく歩けるようになりたいですね。 まぁ松葉杖生活が10ヶ月もありましたのでそこは既に問題なさそうですが。 頑張りましょう。
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あさ(50)
東京都 / 肺がん / ステージ4日記
コロナに怯えながらの次男の卒業式
登録したばかりなのに、久しぶりの投稿です。 1月に初めて投稿したとき、今の目標は次男の卒業式出席と書きました。 先日無事、次男の卒業式に出席しました。 次男が、少しかっこつけて卒業証書を受け取る姿を、見ることができました。 お医者さん、ローブレナありがとう。 目標を達成し嬉しくてたまらないはずなのに。 担任やお友達ママへの挨拶時、私の頭の中は「この距離は安全?」でいっぱいでした。 こんなはずじゃなかったんだけどな。 次男はまだママーって来てくれる。 それももう年齢的に最後だと思う。だから大事にしたいのに。 でも、堪能できない。 コロナが怖くて。つらい。
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みぃこ(50)
群馬県 / 胆管がん / ステージ4日記
検査&胆管ステント交換
久しぶりの日記になってしまいました。 昨年12月から好中球が下がることが多くなり、今年からGC療法80%を隔週にて投薬しています。 今月、定期的な検査&胆管ステント交換の為、6日間入院しました。 検査の結果、GC療法が効いてくれているようで胆管ステント除去のみで様子見となりました。肝機能の数値みてダメそうなら、また入れなきゃですけど(^_^;) とりあえず、良かった! 治療できることに感謝です✩︎⡱ 副作用辛くて弱音も吐くこともありますが、毎日を大切に楽しみながら感謝し 前向きに進んで行きたいと思います。 写真は近くの公園の桜です! 雪降る中の桜も綺麗でしたღ
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k00ji_cancersurfer(40)
新潟県 / その他 / ステージ3日記
寒い週末と来年度に向けて決意
もうすぐ4月なのに、この週末は都内は雪が降ったようですね? 新潟も雪は降りませんでしたが、寒くて手術した肺の傷が痛む週末した? 以前のブログにも綴っていたのですが治療の「晩期障害」はセカンドオピニオンを決意し治療方針を変えた事で先週末のように急な寒暖差などがある場合はどうしても多少気になりますが、障害に対して「慣れる」事が出来てきました‼️✨ その医師いわく、私程の深い傷を負えば数年で痛みが気にならなくなる何て事は無いとの事で「痛みを脳から忘れさせる」治療をしなくてはならないとの事でした。。。? 新大の主治医も同じ様な治療方法はある事は以前、話をしていた事があったがあまり進めてくれなかった? それは何故かと言うと、その治療をやると治ったと思ってしまい受診しに来なくなる患者さんがいるからだそうだ? しかし、痛みを我慢して社会で生活している側からしたらなかなか過酷なものでした? 私は今年度この「晩期障害」のお陰で職場で上司らの信用を失ってしまったからです…。 連日の体調不良と通院で仕事もうまくいかず、有給も全て使ってしまったため理由はともあれ、上からは「わがまま」「体調管理が出来ない人、作業が出来ない人は信用出来ない」という結果を招いてしまいした。 自分自身この痛みは治らないものと思い込んで放置していたのも悪かったのですが、会社の経営状況も悪くなってくると上司も上からさらに厳しい事を言われている事だろうと思うので、辛さを訴えても届かなかった所もありました。 改めて、がんと共存して社会で生きる上で周りの人よりも、自分の身体の声をいち早く聞き取り自己管理を徹底しなくてはならないと痛感しました。。。 治療方法を変えた事で2週間に一度通院しなくてはならなくなってしまいましたが、まずは晩期障害の痛みが少しずつ気にならなくなってきた事だけでもプラスに考えて慎重にやり直す気持ちを忘れずに頑張りたいと思います? 気にならなくなったとはいえ損傷している事には変わりが無い為、昨今の新型コロナウイルスの事もあるので自分はまだ若くとも、感染弱者である事の自覚も忘れずに体調管理と安全衛生面にも充分気をつけて、焦らずに再スタートしたいと思います??
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いも。(57)
徳島県 / 卵巣がん / ステージ2日記
鈍化
今朝は診察日でした。 血液検査の結果、私の数値の横には「H」や「L」がいくつか並ぶ。 抗がん剤による骨髄抑制によるもの。だと思われる。 主治医は結果を見て、いい状態ですね。治療に問題なさそうですね。と言う。 3ヶ月前の私なら結果にビビりまくってたはず。 いまは、こんなもんかなって納得してしまう。大丈夫かわたし。慣れてきて鈍くなってる。 話は違うが 病院の入り口で見知らぬ家族の会話。 どうやら家族が緊急入院したらしい。 マスクがあれば会えるんだけど、、、。 早くマスク不足が解消されないかな。 写真は今日の病院前。 ソメイヨシノはまだ3分~5分咲き。 診察後に眺めながらお茶を飲むのが最近の楽しみ。
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チヨママ(52)
長野県 / 子宮体がん(子宮内膜がん) / ステージ4日記
新しい家族
お腹の痛みで変な時間に起きてしまい 目も覚めちゃいました 我が家に新しい家族を迎えました わんこ(コーギー)です もうすぐ3ヶ月になります ペットは初めてで 何もかも新しい経験 振り回されないように必死です 感心したことがあります おトイレのしつけがまあまあできていて(ペットショップのおかげ) きちんとおトイレをしてくれること おトイレをすると 褒められるのがわかってるんです 寂しくなったり 遊んで欲しいとこちらをみて おトイレをする そしてゲージの出口に座り 抱っこを懇願する眼差し イチコロです 自分の状況を考えると わんこのお世話をするのは大変なのが正直なところ うん⚪をしてくれるなぁと願っちゃいますが・・・ でも わんこには悪いのですが 託す願いがあります 娘と旦那は仲が悪いわけじゃないんだけど この先2人になると思うと 色々思うところあります 子はかすがい わんこにそんな気持ちを託しています わんこにはいい迷惑でしょうが・・・ 何だかんだ言いながら 2人でわんこの世話をしたりしてると ほっこりします わんこにも癒されます 5月になればお散歩に行けます みんなで緑の中をお散歩したいです
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いも。(57)
徳島県 / 卵巣がん / ステージ2日記
花粉症対策
私の花粉症シーズンがやってきた。 檜と稲科。これからが本番。 週末ひきこもりでマスクを手作りすることにした。 ネットで見つけた型紙を印刷して、家にあったハンカチ使いチクチク。 ベビー用ガーゼハンカチ。なつかしい。 学校って柄物はダメじゃないん?と花粉症の息子。 ないよりマシ。新学期に注意されたら母が抗議するよ。 明日は診察からの仕事。 穏やかなお天気でありますように。
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akooka(35)
茨城県 / 悪性骨腫瘍(骨肉腫、軟骨肉腫、ユーイング肉腫など) / 寛解日記
入院104日目、術後の経過
こんばんは。 入院104日目となりました。 今日は術後どんなだったかについて書きたいと思います。 まず3/25(水)について、 術後目が覚めたのが3/24(火)の23時30分頃でしたので、 すぐに翌日になりました。 GICUに居たと思います。 その時は、心電図のシールが胸にペタペタ貼られており、 左腕に点滴の針が2本、右腕に1本、尿カテが1本挿さっていました。 他に右腕に血圧計、背中に硬膜外麻酔のカテーテル、鼻からチューブ、 左手中指に酸素メータ、左脚に弾性ストッキングとフットポンプ、 右脚に内側ドレーンと外側ドレーンが各1本という状況でした。 この時一番辛かったのは鼻から挿入されているチューブでした。 異物が挿入されている事で鼻水が出て鼻が詰まってしまい、 口呼吸しかできない状況にも関わらず、 痰が出るため呼吸するのに必死になっていました。 すぐにナースコールを押して担当医を呼んでもらい、 チューブを抜いてもらって、溜まっていた鼻水や痰を出してとてもスッキリしました。 喉がとても渇いていたため水を所望したところ、 術後6時間は飲めないため明日の朝担当医の許可が出たら飲めますとのこと。 その時が深夜1時くらいでした。 なら眠剤を使って寝てしまおうとしましたが眠れず、 ここから地獄がスタートしたのです。 喉が渇いて仕方がないが水が飲めなく、眠れず、何もできず、 しかし点滴で水は補給されているため死ぬ事はない、という まさに生き地獄を味わいました。 ※うがいや口の中をすすぐ事はできました。 7時頃に、出勤した担当医に許可をもらって飲んだ水のおいしさは今でも覚えています。 その後、体拭きや着替えをし、10時頃にGICUを出て、 一般病棟の個室に移りました。 この時に心電図のシール、酸素メータ、血圧計が外されました。 左腕の点滴2本、右腕の点滴1本はCVポートからの1本にまとまりました。 しかし39.6度の高熱が出ており、昼以降は翌朝まで寝て過ごしました。 3/26(木)は出血量が少なかったため外側ドレーンが外れました。 この日は37~38度台の熱が出てましたが前日よりかなり動けるし話せるようになりました。 リハビリでは車椅子への移乗を行いました。 3/27(金)はオピオイド系鎮痛剤のフェンタニルが終了したため、 CVポートでの点滴は10時と22時の抗生剤の点滴のみとなりました。 リハビリでは左脚で立つ練習をしました。 硬膜外麻酔の影響で左脚がかなり痺れており、バランスをとるのがとても大変でしたが、 術後3日目で立つ事ができました。 3/28(土)は熱が平熱になりました。 リハビリで歩行器に掴まってベッドから立つ/座る練習をしました。 3/29(日)は内側ドレーンと尿カテを抜く事ができました。 これで体に挿さっている物としては、残りはCVポートと硬膜外麻酔のみとなりました。 順調に回復しているのが分かり、人間の回復力の凄さに改めて驚いています。 頑張りましょう!
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はな(39)
大阪府 / 子宮体がん(子宮内膜がん) / ステージ4日記
残された時間
コロナの影響で家族との面会もほとんど出来てない日々を過ごしています。 子供達や旦那さんとテレビ電話やメールでしかやり取り出来ず…ギューッと抱きしめれないのが、ただたださみしい!! そんな中で悪化していく体調…私に残された時間の少なさ。 やりたいこと、やらなきゃいけないこと…伝えたい想い♡ 残された時間で私に出来ること、してあげれることってなんだろうか…
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snowdrop(59)
大阪府 / 膵・消化管神経内分泌腫瘍 / 不明日記
無事退院&抗がん剤再開
無事1週間で退院できました。 食欲、体力も変わらず一安心です。 ただ、抗がん剤再開の26日の前々日より発熱から微熱→前日に平熱に下がる→抗がん剤→翌日微熱→今日は平熱、 抗がん剤スキップだけは避けたいので、ヒヤヒヤしました。次は2週間後、発熱しませんように!
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くう(59)
埼玉県 / 膵・消化管神経内分泌腫瘍 / 不明日記
検査結果
やっと、検査結果が出ました。MRI造影、内視鏡、エコー等全て検査をしました。 病名は、膵臓脂肪腫とのことで珍しくあまり症例もないそうです。 どの画像を観ても癌のような黒いところがあるのですが、他の臓器に転移らしきものが見られないとのことでした。ただ、楽観視はできなく、膵臓全般に脂肪が付いている状態なのでこれから生活を全般的に見直し、3ヶ月ごとの経過観察になりました。 嬉しかった反面、油断していれば悪くなる可能性もあるのでこれからが勝負です。 いったい癌という診断はなんだったのかと思いました。 一度癌と診断されたお陰で、皆さんの頑張って病気と戦ってる姿を知り、今まで平々凡々と生きてきて、自分の生き方についても考えることができました。また、仕事に対しても考え方を改めようと思いました。 でも、いつどうなるかはわかりません。 これからも皆さんと共に頑張りたいと思います。もし、この内容を読んで不愉快なお思いをされた方がいらっしゃいましたらお許し下さい。
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チヨママ(52)
長野県 / 子宮体がん(子宮内膜がん) / ステージ4日記
緩和外来
自分の気持ちを書き綴っているので 長文になってしまいました 前向きな話では無いので 嫌な方はスルーしてください 再発した時に心の辛さから 緩和の看護師さんにはお世話になっています 先月からは緩和の医師の外来にお世話になっています やっぱり緩和の医師は違いますね(婦人科はやはり外科) 関わり方がゆっくりでホットします なんか体調どう?と聞かれるだけで 泣けてきちゃって 毎回泣いちゃいます ここのところ、腹水でお腹が張って痛みがあり、ロキソニンを飲んでるんだけど それで痛みは治まるんだけど お腹の張りの痛みは フェンタニルのテープの方が効くみたい でも、仕事に行くために車に乗る私には処方できず ひとまず、ロキソニンで継続することになりました ずっと緩和の看護師さんから 娘ちゃんは大丈夫?と声をかけて頂いていました 娘には私から「ママの病院は治らないこと、今やってる治療は少しでも長く生きるための治療なこと、進路や人生の選択をする時は一緒にいられない」と話しています 私は辛い胸の内を、周りに話せているけれど 娘ちゃんは話せてるかな?というのを 緩和の看護師さんは心配してくれていました 娘はお友達に私のことをほとんど話していないから どうしてるかは気になっていました 昨日の外来は、娘も一緒に行って 娘は心理士さんに話を聴いてもらいました どんな話を聴いたかは詳しくは聴いていませんが そのような場を娘に作ってくれたことに すごく感謝しました ラッキーなことに娘が通う高校と病院がとても近く、今度また学校帰りに話を聴いてくれるそうです こんなサポートしてもらって あー、よかったなぁと安心しました なんだか取り留めもないですか 自分の気持ちを残したくて 日記を書きました 読んでくださり ありがとうございました
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のんのん(51)
東京都 / 非ホジキンリンパ腫 / 不明日記
退院しました。
24日は9時半からアフェレーシス(白血球採取) 。 3時間ほど、テレビを見たり先生と雑談してる間に終了。血液を機械で取って不要なものを戻す処置は本人はジッとしているだけですが、体は結構疲れるものらしく。その後は夕方までベッドで安静。 その後は口腔外科受診。 次の日は朝からMRI、終わったら大嫌いなルンバール。抗がん剤を入れる時に足が痛くて、すごく下半身が痺れるのですごく苦手なんですが、今回は抗がん剤は入れずに検査だけだったのでよかった。 最短で退院したいと伝えてあったので、25日の午後には退院してきました。 来週はまたPET-CT(1ヶ月半ぶり、8ヶ月間で5回目)、と放射線科との打ち合わせ等です。
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akooka(35)
茨城県 / 悪性骨腫瘍(骨肉腫、軟骨肉腫、ユーイング肉腫など) / 寛解日記
入院101日目、手術成功しました!
こんばんは。 入院101日目となりました。 3/24(火)に実施した右脚切断+大腿部再建手術は、 13時間に及ぶ大手術となりましたが、 何のトラブルもなく、無事に成功しました。 昨日1日は術後の様々な症状で、 正直死ぬ程辛い思いをしましたが、 今日はとても調子が良いです。 まだ少し熱があるので詳細はまた後日書きますね。 とりあえずご報告まで。 頑張りました。
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ジョン(32)
北海道 / 大腸がん / ステージ4日記
引越し
まもなく引越しをすることになりました! 社宅を開けなければならず、とりあえず荷物を整理して、と過ごしていたここ2、3日です。 奥さんとこうやって片付けしたり、なんか話ながらするのは普段、別々で暮らしてる僕にとってはすごく新鮮な感じで引越し作業は大変だけど、幸せな時間だなーと思いながら作業できました☺️ 一方で、引越し作業に伴って、腹圧かかったのか、脱腸したり、副作用で味覚が変わったりなどもあって、病気のことをふと思い出させられました…? んー。病気なんて消えてしまえ。 とは言え、ここからしばらく一緒に奥さんと過ごせる時間を噛み締めて、とりあえず目の前のことを楽しもう。今は仕事も休んで、身体中心で、好きなことをしよう。嫌なことや面倒なことはさぼろうと思いました。笑 コロナも早く落ち着いて、明日も良い日になりますように。
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しゃけとら(37)
東京都 / 舌がん / ステージ1日記
術後のキヲク
①全身麻酔手術=寝ているうちに終わる簡単なもの ②舌が1/3なくなるだけ、術後さほど大きな影響はない この安直な想定は実体とは全く異なるものであったことを最初に述べておく ====== 目を覚ますと手術室からICUに移される途中だった。 何人もの医師に取り囲まれ、ストレッチャーが動き、めまぐるしく天井の景色が流れていく。 私はすぐに首元を触る。 首のリンパ節に転移があったかどうかで リンパ郭清手術の範囲が広がると言われていたからだ。 結果全くの思い違いではあったが 肩の付け根までの首の広範囲を切ってあった気がした。 声にならない声でストレッチャーを押しているガタイの良い男性に話しかけようとする。 転移があるとないとでは予後に大きな影響を与えることは事前にネットで得た知識だ。 私が首を触りながら、顔を向け声を上げたかどうかのタイミングで 「耳鼻科の先生から説明を受けてくださいね」 麻酔科医なのだろう、一言で片付けられる。 次の手術も控えているのだろう 首や胸回りに10本近い線をつながれたまま ICUの個室に到着し まず最初に猛烈な吐き気と尿意に襲われる。 「気持ち悪い、吐きそう」 の私のささやきにナースが慌てて準備した洗面器。 おおよそコップ一杯分の血を吐く。 いつのまにか横にいた嫁と母と伯母が悲鳴にも似た声を上げる 口をゆすぎたいが術後48時間は水分も含め服用は一切禁止 なくなくとあきらめる。 「あぁ、結構飲み込んでたな」 執刀医でさえ驚きのコメントを発した。 そしてまた吐き気。真っ黒に近い痰が大量に飛び出す。 それもそのはず1週前から少しキツめの風邪状態の中、 それでも待てないと手術を受けた 普通なら手術を延期するレベルだと。 でも担当医はgoサインを出してくれた。 次は尿意、なにかを訴えるのも一苦労、 先生の話しかけにも応答する気力はない。 ものすごくタイプの美人ナースがし尿瓶を持ってきてくれる。 すぐに周りの観衆は退出してくれたが、 もはや羞恥心を考慮する余裕すらなく、 みんながいる前でも構わないと思った。 寝ながらの排尿は初体験。 要を足そうとすると、抜かれた尿道カテーテルの影響か、激痛が走る。 また多少血も混ざっている。 これくらいは仕方ない。 そう自分に言い聞かせる。 小水を終えると担当医が入ってくる 「お疲れ様でした、多分ガン自体は取り切れたよ」 いつもの通り明るくそれでいてわかりやすい。 「取ったガン見てみる?」 なんだそのサービス。。。 それは確かに好奇心はある、ただこの現状、 自分自身を数ケ月精神的にも追い詰めていた敵と対峙できる余裕はなかった。 私は大きく首を横に振る。 「最大辺1.5cm、厚さは0.5cm。ステージ1のサイズだと思う。また、見たくなったらいつでも言ってね。」 執刀医はまるで自分好みのどんぐりをみつけた子どものように、 生き生きと嬉しそうに話していた。 「あの、転移は?」 私が力を振り絞って最大の恐怖と戦う。 「なかった。左首の影はリンパのはただの腫れだった」 それを聞き、昨晩一睡も出来なかった私は安心して眠りについた。 2017年4月12日。 8時に手術室に入ってから、7時間後の15時頃の出来事である。
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パジ(49)
新潟県 / 胃がん / ステージ4日記
オプジーボ再開!
約1年ぶりにオプジーボなうです^ ^ また効くことを願って!副作用が出ないことを祈って!(切実)笑
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まどか(43)
静岡県 / 軟部肉腫(成人) / ステージ4日記
入院
今日から3クール目の入院です。いつもケモの後は下痢になるのですが、なんと抗がん剤を入れる前から下痢になってしまいました。 え?! 予測性下痢?みたいな気分です。 生のものは最近たべてなかったと思うのですが、ちょっと不安になりました。 CTの結果では、腫瘍が少し小さくなっており 苦しい副作用を頑張って良かったなという気持ちなので、今回も減量せずに100%でやることにしました。 また1週間くらい副作用の辛い時期にはいりますが、頑張りたいと思います。