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k00ji_cancersurfer(40)
新潟県 / その他 / ステージ3日記
GW前の捻挫の件
ラグビーの稲垣選手も通う私もかれこれ10年位お付き合いさせて頂いている、みどりおか接骨院&フィットネス . 徐々に回復してきてますがGW前にスケボーでグリっちょした脚首、サポーター地獄の山は超えましたがしぶとく痛みが若干残ってます?⚡️ . いくらまだ35歳とはいえ、骨・筋・腱の損傷の治りは10代〜20代よりかはかかりますよ〜?と言われましたが正に今、実感してます? . 最近は最低限毎日やっていたクランプもサボってたので体幹の衰えも感じてましたので油断ではなく自業自得でした…? . まだ若干、和式でKUSOするのキツいです?☠️ . 早く治らないかなぁ?
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働くまま(49)
大阪府 / 乳がん / ステージ4日記
久びりの投稿、元気です!!
肺転移が分かってから1年。 何ら変わらない生活。 しかし、ホルモン治療から1年。 最初、先生からは大体1年くらいしか効果はないかもといわれた。 6月にはCT検査がある、恐怖。 考えてみると 体にいい事何もしていない。 食事、睡眠、温活・・・。 きちんとしよ・・・。 できるかな?
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Maron(49)
海外 / 乳がん / ステージ2日記
思い出したこと
3月中旬、ロックダウンで、子供の学校も 休校。あれから、もう2ヶ月経つんだなあ… 3月下旬は、日本に里帰りする予定だった けど、残念ながら断念。 4月中旬から5月初旬にかけては、帯状疱疹やら膀胱炎にかかってしまった。 コロナで、何もかもが激変して、 目に見えないウィルスに惑わされて、 もう疲れ果ててた。何しろ、家族が、 ずうっと一緒だし、外にも毎日30分しか 出かけなくて、尋常じゃなかったな。 身体って、自分が思っている以上に、MAX度が低くて、ストレス抱えると、色んな症状が出てくるんだなと改めて気がついた。 そう言えば、去年は子供のてんかんが、 大きいのが、2回立て続けにあって、 ものすごいストレスだったな。 あのストレスの後、2週間以上、毎日ちょっとだけ出血が続いた。 ポリープが、子宮の中にできているとのことで、全身麻酔で検査したけど、なんと 検査した時にはポリープが見当たらなかったそう。 …ェェッΣ(ỏωỏ/)/ 麻酔から目が覚めてから、そんな展開があったなんて! ガクッ…ガクッ… ガラガラガラ~ そんなことを昨日思い出してた。 毎日生きていると、いいことも悪いこともある。毎日必死だけど、過ぎてみると、 結構笑えたりする。 このコロナで、帯状疱疹になった私も、 かわいいじゃないかと、来年思えるかな?
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もも(36)
東京都 / 非ホジキンリンパ腫 / ステージ4日記
退院1ヶ月半でまさかの再発。
2019年12/4〜2020年4/4まで 抗がん剤ECHAP療法を6コース。 CTでは寛解していたので退院しました。 退院1ヶ月で、左側だけの顔面痛、頭痛、肩痛が毎日。鈍痛。痛すぎて我慢できないほど。 更にGWから咳が10日間続き、ちょうど退院後のPETだったので、それを受けて結果を聞くと、、、 まさかの再発してました。 気管支に1センチ弱の腫瘍。 そのせいで声帯の一つの神経が麻痺してるそうです。 声がほとんど出ないんです。咳もひどくて。 リンパ腫憎い。 主治医からも、かなり強い抗がん剤をやったのにも関わらず、1ヶ月半で再発するなんて、かなり厄介な細胞だ、といわれた。 また今日から入院。 子どもたち3人に会えなくなるのがつらい。 夫にも。母にも。 子どもたちにまた入院することを話したら、泣いてました。年中の長男は「ボス(リンパ腫のこと)バカ!コロナもバカ!」って言ってた。。 それでも私が泣いてると、「泣きすぎでしょー」と手で涙を拭いてくれた。 自分も悲しいのに、ママの心配をしてくれて。。その優しさにまた号泣。 みんなを悲しませてしまってる。。 悲しい。悲しすぎる。 今日入院し、明日から新しくR-ESHAP療法をこれから2コース、そのあと造血幹細胞移植予定です。 まずは妹がドナーになれるか、検査があります。ドキドキ。。 こんな展開、想像してなかった。。 移植の副作用の説明聞いたけど、怖すぎた....。 ちょっとまだマイナス思考ぎみ。。 がんばらないと。
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チューバッカ(49)
東京都 / 甲状腺がん / ステージ4日記
息苦しさ
以前は感じることのなかった息苦しさを感じることが多くなった。 結構苦しい感じなんですけど、4、5日すると慣れるんだか何だか知らないけど落ち着いて、またしばらくすると苦しいのが「また来た」みたいな感じで嫌な感じ。 肺活量とか、血中酸素濃度とか測りたいな~とか思ってしまいます。 測ったからなんだってわけでもないんですけど^^;
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ざわ(40)
埼玉県 / 非ホジキンリンパ腫 / グレード4日記
西口さんの訃報にお悔やみを申し上げます
抗がん剤でぐったりなってた中、西口さんの訃報を聞きました。 お悔やみを申し上げます。 私はイベントなどには行く機会がなかったのですが、一度、Twitterがきっかけで、日記のまとめ(テキストマイニング的なこと)についてお話をさせていただいたことがあります。 そのときは、日記を読み込み、気付きを共有するワークショップのような形で企業の人に見てもらいたいという話をさせていただきました。 そういうリサーチ技術職に就いているのですが、私がわかりやすくお伝えすることがなかなかできないのに、たくさんメモをとってお話を聞いてくれたことを思い出します。 一度の面談の後、私はまた再発し、その企画書などを作りお見せすることなく、西口さんは旅立たれてしまいました。。。 本当にこの場を作って下さったことに感謝いたします。本当に、ここのおかげで、ポートを作ることへの恐怖や、移植の知識ができました。 たくさんの方が病と闘っていることを知りました。 西口さん、本当にありがとうございました。
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いも。(57)
徳島県 / 卵巣がん / ステージ2日記
両立できる気がしない。
5回目の抗がん剤投与から1週間。 金曜日あたりから倦怠感やら下痢に腹痛と副作用オンパレード。土日はほぼ寝たきりでロキソニン飲んでしのいでた。 重ねるたびに副作用が強く長く変化球でやってくる。 今日は白血球が最低値更新。入院ギリギリ。感染症が命取りになると毎日 グラン注射に通うことになった。打つのも副作用も痛いから苦手。高い注射に文句はいかんね。 仕事はまたまたお休み。 いまは家事の大半を子ども達に頼めるのがありがたい。けど休校も今週まで。 来週から学校が始まる。お弁当もいるし帰りも遅い。 両立できる気がしない。。。
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ひろ(51)
兵庫県 / 乳がん / ステージ1日記
生きるチカラ。ぐっちさんへ。
今思えば、先日、オンラインイベントの日記を投稿した日は、ぐっちさんが亡くなった日でした。 >いつ来るかわからない「死」のそのときまで、生き抜けるために。そして、ぼくの「死」の先にも、残したモノが残り続けるように、ぼくは死ぬまでチャレンジを続けていく。そう、死ぬまで。 CPを、自分が死んでも続いていくものにしたい。ずっとそう言ってましたね。 初めてお会いした時、CPの主催ではないオフ会で、家族ぐるみで集まっている輪の中に、サプライズ登場したぐっちさん。「これ(オフ会)見て、(嬉しくて)泣きそうになりました」って。 私が病気になった時、すでにCPはあったけど、ぐっちさんは周りに同世代のガン患者がいなかった。 人を楽しませる事が大好きなぐっちさんも、最近、ハゲましてほしいって日記を書いていたように、(当たり前だけど)ずっと孤独や不安と闘ってきたんだと思う。去年、ミーさんが亡くなった事、ぐっちさんにとっても、めちゃくちゃ辛かったんじゃないか‥私たち以上に。 治療は闘いじゃないとも言ってました。 勝ち負けじゃないと。 それにしても、言葉通り死ぬまでチャレンジを続けた。 本当にすごいし、カッコいい。 ぐっちさん、もう何回も言ったけど、 CPを作ってくれてありがとう。 生きるチカラをありがとう。 CPがあって、仲間ができたから今までやってこれた。間違いなく。 その仲間を失うのは、 いつも、本当に悔しくて辛いし悲しい。でも、みんなに出会えて良かったと思う。 ぐっちさんが思い描いたように、 CPはこれからも続いていく。ぐっちさんの訃報をきっかけに入会された方も、登録して良かったと思える場であってほしい。 その為にできることを、これからやろうと思う。見守って下さいね。 出会えて良かった。 ありがとう。 痛みのない世界で、ゆっくり休んで下さいね。
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直心(49)
福島県 / 乳がん / ステージ1日記
静かな5月
例年ならば5月の連休中には地元のお祭りがあり、お神輿が出てとても賑やか。 でも今年はとっても静か。 夏場のお祭りも中止が決まってからはなおさらに。 響くのは、田植えの音。 と、私のミシンの音。 使い捨てマスクも市場に出回り、だいぶ落ち着いては来ましたが、 布マスクは色と柄が選べるからとそこそこ需要は続くようですね。 先月の受診時に「コロナの事を考えて5月は病院に来なくていいよう にしておきましょう」という事で、今月の受診はなしに。 空いた時間でなにができるというわけでもないけれど、病院に行く事 が当たり前になっていた自分に気づき、なんだか色々と考えました。 このサイトに、キャンサーペアレンツに出会えて良かった。 西口さん、ありがとう。
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ルミルミ(49)
愛知県 / 胃がん / ステージ3日記
久しぶりの
4ヶ月ぶりに 熱田神宮に行って来ました。 娘の高校受験の時から2ヶ月に1度行くようにしてます。頼み事はせず お礼参りです。 コロナの影響は、、、人がまばらでしたが 思ってた以上にお参りしてる人がいました。 今月末に 血液検査とお腹の超音波検査をします。コレは先生が別にしなくていいって言ってたのを無理矢理してもらいます。「何を見たいの?」って言われて「お腹の中大丈夫かなー?」って(笑) 先生は苦笑い 「CTしてるから 何かあったらそれで分かるからしなくていいです!」 って言うのを振り切り「お願いします。」と頼んでやってもらいます。 それと手術後 すぐに首の後ろに出来物ができて、服がスレて痛いらしく、くり抜き手術というのをしたのですが、取っても取ってもまた出来るので診察後に今度は 皮膚を切ると思います。 毎回主人の、診察日が近づくと ネガティブキャンペーン開催中になってしまって 歌を聞いても 小さい子を見ても ニュースを見ても 涙が出ます。 何事もなく キャンペーン開催終了を祈ってます。 診察日は毎回付き添ってきましたが この頃は 少し辛くなって「行きたくないなぁー」って主人に言ってしまいます。 ダメ ダメな 妻です。
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なびころ(46)
大阪府 / 急性骨髄性白血病 / ステージ4日記
最後の日記
これは最後の日記です。 代理でアップしてもらっています。 2017年より闘病していましたが、治療関連性骨髄異形成症候群により、天に召されましたので、 投稿します。 2017年に急性前骨髄球性白血病を患い、妹からキャンサーペアレンツを知りました。 記録のために日記をあげていましたが、 オフ会に参加したり、つながり友達もできました。 ここに書くときは本音を書いていました。 そのままの自分が出せるっていいですね! その後、抗がん剤治療が原因で、別の血液がんを 発症しました。普通は高齢者か、5年くらい経ってから出てくるもののようです。 がん抑制遺伝子が働いてないのではないか? ということでした。 抗がん剤治療が原因だったので、最後の方は治療が好きじゃなくって(苦笑) もう疲れちゃいました(;_;) みなさんは、生きてください。 まだこっちに来なくていいですよ。 でも来てしまったら待ってます。 お友だちになってくださいね それでは、また ありがとうございました(*'▽'*) ※5/13に天に召されました。
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まっちゃき(55)
東京都 / 肝細胞がん / ステージ4日記
ヤツは今頃どこに行った?
ヤツは今頃どこにいるのかな? きっとまた新しい道を切り開こうと動き出してるんだろう。 思えば2015年あたりはがん患者業界?は大きく動いた年代だったような気がする。 この時期から動き出したのは現役バリバリのがん患者が主体となって「自ら動く」という活動がいくつか立ち上がった頃だった。 従来の患者会とかとは違うものがいくつか立ち上がった。ものすごい知識を持つためにアカデミックな活動をする団体、そしてここのように子どもを持つ親でもある患者が集う場としての団体、僕は「これからがんになる「かもしれない)人に向けて発信するロックンロールショーのイベントをやりはじめようと決意した。 それぞれ方向は違うが、お互いかなりの状況に置かれた「現役がん患者」という共通項があった。 2015年、僕はヤツと出会った。その頃までの僕は何度も死にかけた後遺症で、やっと歩けるようになったが、ヤツより5年以上の病人特有の負け犬根性からやっと抜け出した頃だった。 まだキャンサーペアレンツをどうしていくのか?構想が形になる前だったかな? 東京駅近くの喫茶店で話して、僕はNPO法人とかをまずは目指したら?と言ったらヤツは NPOじゃない形を目指したい!とハッキリ言った。「ちゃんとマネタイズ出来るようにした形にしたい」 簡単に言えば「ちゃんと食っていけるようなものにしたい。寄付とかありきじゃなく」ってところだ。 そりゃいい事じゃないか!と僕は応援しようと決めた。ただ、一抹の不安を感じていたのも事実だ。 それは何か? その頃僕はがんになって6年目、ヤツより現役がん患者としては歴史を積んでいた。 僕はただただ自分の生きがいを見つけたい、そしてこの患者としての経験が1番役立つのは「これからがんになる(かもしれない)人」に伝える事で、それを自分も楽しんじゃえという勢いだけで採算なんか考えないでやればいいや… と思っていたからそんなにプレッシャーはないはずだったけど、それでも考え込んだのは「自分が突っ走れば突っ走るほど、自分に何かあった時にこれは続いていくのだろうか?」ということだった。 「自分がいなくなっても何とかなるようにしなきゃね」 そんな話をした。僕もわかってたんだけど、そう思ったら前に進まないし、足かせになるだけだってこと。 ただ、僕はその頃ヤツより危ない状況だったから、老婆心ながらあえてその事は頭のすみに覚えて欲しくて言ったのをよく覚えている。 そんな僕の心配をよそに、ヤツは走り出した。そのエネルギーはそれこそ「生きる」を体現していて、鬼気迫る勢いだった。 たまに顔を合わすと「どや?やっとるかい?」わしもやっとるで〜みたいな感じだった。 ヤツに会うといつも「僕ももっとやらなきゃ」と刺激を受けたものだ。 ヤツが頑張れば頑張るほど僕はヤツとは違う形で頑張ろうとますますふざけたイベントをハイペースで続けられた。 今年に入ってヤツもこれから先に続いていけることを視野に入れて動いているのを感じていた。 ヤツは今、新しい道を切り開こうとどこかに行ったようだ。 今、みんながどうするか?ニヤニヤして見てるんじゃないかな? 僕は親としてはかなり変わった考えでいるので、ドン引きされると思い普段はあまり投稿しない。 ただ、ヤツがどこかから見てるんだと思ったので気の向くままに書いてみた。 悲しむのは誰でも出来る。その悲しみを糧に「自分はどう動くのか?」が大切なんじゃないかな? 今こそ皆さんがこれからどうアクションを起こすのか? ヤツが切り開いたこの道の先を、どうやってこの先切り開いていくのか? ここから皆さんが「主体的」にどう動くか? 真価が問われるのではないかと僕は思っています。ロックンロール。 ※僕は普段、自分なりの対案が浮かばない政治的なことと、人の訃報に関しては書かないのですがこの何日かどうしても書かねばと思って書かせていただきました。 これをどこに投稿すべきか?についてもいろいろ悩んだのですが、ヤツが1番目にしそうなここでと思い拙い文章ですんません。 長文失礼しました。不適切でしたら削除してください。
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k00ji_cancersurfer(40)
新潟県 / その他 / ステージ3日記
西口 洋平 さんへ
【訃報】 悲しいお知らせをこの度は綴らせて下さい。 私はInstagramをメインSNSとして利用している他、「キャンサーペアレンツ」という「子供を持つがん患者と繋がろう」というコンセプトとの子育て世代のがん患者の交流の場として親しまれているSNSサイトでブログを執筆させて頂いておりました。 (以下朝日新聞より抜粋) そんな一般社団法人「キャンサーペアレンツ」の代表理事で、胆管がんをわずらっていた西口洋平さんが8日、40歳で死去した。葬儀・告別式は親族で行った。 2015年、人材会社の営業マンだった35歳のとき、ステージ4の胆管がんで完治は難しいと告げられた。6歳の娘にどう伝えれば良いか悩み、仕事、お金など不安は尽きなかったが、同じ年代や立場の人とつながれず、孤独だった。 翌年4月、インターネット上で子どもを持つがん患者がつながるサイト「キャンサーペアレンツ」を開設。その後、一般社団法人を設立し、抗がん剤などの治療を受けながら、ネット上や催しで交流の場を運営し、会員数は3600人を超えた。SNSなどでも発信をしつつ、企業や研究機関の調査への協力、「治療と仕事の両立」「がん教育」といったテーマでの講演など、活動の幅を広げた。 私が2月に出演した「がんノート」の次の回に出演されている姿、その他の番組でも、お元気そうにされてたので一昨日飛び込んで来たニュースにとても驚きました。 ついに訪れてしまったか、と悲しい気持ちになりました。 が、西口さんは、みんなに「行動を起こしてほしい」というメッセージをずっと発していたので、悲しんで何もしないよりも、悲しみを抱えながらも行動をすることを望んでいると思います。 私も今までと変わらずにチャレンジを続けることが、彼の意志を受け継ぐことにもつながるかなと思っています。 これからも「キャンサーペアレンツ」が続く限りブログの方も更新していきたいおもいます。 心よりご冥福をお祈りいたします。 今日は夜から出版社の方と「がん」をテーマにzoomを使用したオンラインインタビューの仕事があります。 どこか、気持ちの片隅に西口さんの意思を留めて次にも繋がるよう取組みたいと思います‼️?
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海翔の父さん(47)
宮城県 / 軟部肉腫(成人) / ステージ3日記
ありがとうございました
今後も子を持つがん患者のコミュニケーションという場所として、利用されると思います。西口さんありがとうございました
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とっしー(49)
茨城県 / 肝細胞がん / 寛解日記
いつかどこかで
ぐっちさんの訃報に接し、ただ驚きしかありませんでした。事務局さんからの投稿にコメントは入れさせていただきましたが、徐々に私の感情の波が落ち着きはじめたので、改めてぐっちさんに対する哀悼と感謝の日記を投稿させていただきます。 私は9月で発病後19年になります。もうすぐサバイバーとしての成人式を迎えます。 しかし、患者会活動を始めて4年ほどです。 病気直後から「この奇特な経験を活かしたい」と思っていました。しかし、当時は今ほど患者会などなく、さらには「がんは高齢者がかかる病気」「がん=死」というイメージが今以上に大きかったこともあり挫折しました。定年後の楽しみにやればいいかと考え、会社員生活を過ごしていました。 4年前の夏。仕事で外回り中に立ち寄ったコンビニである雑誌が目に留まりました。「ステージ4のがんと闘うお父さんの最後の仕事」そこにはステージ4の胆管がんと闘いながら「つながりは生きるチカラになる」という信念のもと子を持つがん患者がつながることができるSNSサービスを作った人の話でした。読んでいくうちに自分の中に「この人スゴい」そして「自分は何をやっているんだ」という2つの感情が芽生えました。 早速そのお父さんに会いに上京しました。見た目は病気を患っているように見えない。さらには話をすればするほど面白い。理路整然としながらユーモアがあって。単細胞な私にも丁寧に教えてくれました。そして登録。これが私の患者会活動への第一歩でした。名前は 『キャンサーペアレンツ』すでに登録されている方の日記を見たりして、様々な境遇の方がいるんだなぁと感じておりました。 そのうちオフ会などイベントなども始まるようになり、ネットでやり取りしといたサバイバー達とリアルに会って話すことができるようになりました。年齢も生活背景も病状も千差万別。でも「子持ちのがん患者」というキーワードで妙な連帯感が生まれました。ネット環境の発達もあるかもしれませんが、私のfacebook友達の7割はここで知り合った友達です。 患者会活動を地元茨城でもやってみようと決め、仕事までも変えました。 私が学校で「がん教育講演」を行うことが決まった時も真っ先に相談に行きました。自分が使っているスライドをそのまま提供いただき、とても感激しました。今私が使っている学校用スライドは彼のスライドをベースにしております。おかげさまで「シリアスなのに笑いがとれる」内容になっております。 5日の「キャンサーペアレンツ」のオンラインイベントにも参加させていただきましたが、体調の悪い中みんなに魂のメッセージを送ってくれました。 訃報に接したのは職場でした。 仕事中でしたが、涙が出てきました。 悲しみと感謝の念がごちゃごちゃに混ざった変な感情。しかし今は感謝しかありません。 朝日新聞デジタルに訃報の記事が載り、子供達に見せました。子供達は「グリーンルーペ」や「えほん発売記念パーティー」などで、ぐっちさんと会ったこともあるので、絶句していましたが「お父さんは立派な人と知り合い、活動ができて幸せだね。」と言われ、子供の成長に改めてキャンサーペアレンツに出会えたことに嬉しくなりました。 ぐっちさん、ありがとう。 多分「あっち」はたいそう盛り上がってるでしょうね。メンバーも濃そうですし、まさに「銀河系軍団」ですもんね(笑) 私も交ぜていただきたい思いもありますが、まだまだ「こっち」でやらなくてはいけないことが山積みなので、頑張らさせてください。 ぐっちさん、「いつかどこかで」会いましょう。
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でんでん(54)
愛知県 / 胆管がん / ステージ4日記
感謝
西口さんと同じ胆管がんステージ4で、集いでもお話ししたりして…CPでは、どのようにガンに向き合うか、幼い子供にどう伝えるのか、本当に勉強になり、心の支えでした。私は抗がん剤治療の後、手術することができましたが…同世代で同じがん…ただただご冥福をお祈りいたします。ゆっくりお休みください。
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みゆちゃん(54)
兵庫県 / 乳がん / ステージ4日記
ほんとにありがとうございました
不安で心細くてたまらなくなった時にこのサイトに出会い、皆さんが色々な状況でも頑張っておられる姿を見て本当に励まされました。 私自身文章が苦手で、なかなか投稿、コメントができないのですが、毎日、皆さんの投稿を読ませていただき、ありがとう、一緒に頑張ろう‥色々な気持ちでありがとうを押させていただいてます。 このような事しかなかなかできないのですが、また、反対にこの事で皆さんと繋がる事ができる、一人じゃないんだって、そのような場所を作ってくださった西口さんには感謝と尊敬の気持ちしかありません。 本当にありがとうございました。
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二茶(50)
山形県 / 胃がん / ステージ2日記
ご冥福をお祈りいたします
西口さんありがとうございました!
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ルミルミ(49)
愛知県 / 胃がん / ステージ3日記
残念です。
ぐっちさん 今はただただ残念です。 初めてPCを見た時、 ステージ4の方でPCを立ち上げ 頑張って生きてる人がいると 驚き嬉しかったのを覚えてます。 この PCで 顔も見たこともない がん患者さん達に励まされて 何とかやってこれました。 こんな素敵な出会いの場をありがとうございました。 そして、お疲れ様でした。
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Nakama(51)
沖縄県 / 大腸がん / ステージ4日記
残念…
グッチさんの訃報CPのメールで知りました。思えばいきなりのステージⅣを宣告され、5歳と1歳の息子たち、妻のことを考えると思考が回りませんでした。家族にそんな顔はできないし平然を装い治療へ向け主治医と打つ合わせをしましたが今ではなにをはなしたのかすら、覚えていません。そういう状況の中でふと見つけなんとなく加入したCP。でも同じ子育て世代、グッチさんとの年代も近いことに次第と落ち着き原発巣手術も納得して無事に乗り越えました。それからは長い抗がん剤生活。2年になりました。でも辛い時CPのメンバーが生きる力を与えてくれます。時には真面目に、時には楽しいお喋りで。この洋間場所を作ったステキなグッチさん。残された家族も気がかりだとは思いますが、よく頑張られました。これからはリラックスしてゆっくり休んでください?本当にありがとうございました。そしてこれからもこの会を見守っていてくださいね?